その①「摺込」
岐阜提灯の製造には実に多くの行程があり、そのほとんどの行程は分業制によって熟練した専門の職人の手から手へと繋いで作られています。
岐阜提灯の伝統的な工法としての主な製造行程は、提灯の骨格に当たる「張型」、「竹ひご」、「和紙」また、その張型と原料で提灯を張る「張」。装飾部門では和紙に絵付けをする「摺込」や無地で張った火袋に手画で描く「絵付」、提灯の上下に着ける「口輪」など多岐にわたり、それぞれ熟練した職人がその行程を担っています。
今回は数ある行程の中から、岐阜提灯の特徴的な行程「摺込」の技を紹介していきます。
「摺込」は岐阜提灯の最も特徴的な工程のひとつです。絵師による原画の風合いを最大限生かすための大量生産方法として明治26年に導入され、岐阜提灯の量産化と近代化の道を開くきっかけとなった技法とされています。現在では120年を越える長い年月を経て、岐阜提灯の伝統的技法の1つとして重要な地位を占めています。
「摺込」とは
「摺込」とは、明治初期に確立された型友禅にヒントを得た絵付け技法の1つで、伊勢型紙を使って和紙に着色していく伝統的技法です。
まず絵師によって提灯に描かれた原画を1間ごとに裁断し、その原画をもとに和紙に輪郭を描き写します。これを版下といい、この版下を版木に貼り付け彫刻刀で彫り、輪郭部分の版を作ります。
摺込師はその版で輪郭を摺った薄い和紙を鬢付け油で伊勢型紙に貼り、原画に基づいて着色部分を色ごとに彫り抜いていきます。ひとつの絵柄に使用する型紙の枚数は製品によって異なり、高級品ほど数が多くなります。型紙1枚分の摺り込み作業を「1手」と呼び、現在最も手数の多い絵柄では100手を数えます。その型紙の1つ1つを摺込師が彫り、彫り上がった型をもとに原画に近づくよう幾度もも試し摺りがおこなわれます。その後、注文数を摺り始めます。
摺り込む前にすること。
使用する和紙には、絵柄を摺り込む前に羊毛の平刷毛でドウサという液を塗ります。これをドウサ引きと呼び、日本画の伝統的な行程の1つで、摺込による顔料のにじみや抜けを防止します。ドウサとは水で溶かしたニカワに少量のミョウバンを混ぜた液のことで、その配合は季節によって職人の長年の勘で調整されます。典具帖(てんぐじょう)と呼ばれる岐阜提灯用の極めて薄い和紙にドウサを引く場合、紙は非常に破れやすく、また、乾燥用の竿にかける途中で紙がくっつきやすいため、息を飲むような緊張した作業が続きます。絵柄を摺り込む原紙が白地の場合はドウサ引き後そのまま「摺込」に移りますが、地色と呼ばれる和紙に背景色を付ける場合は、ドウサに染料を混ぜて引いていきます。地色は摺り込まれる草花が自然に映えるよう、天地引きと呼ばれるものが多く、天地の天(上部)は空色、地(下部)は緑色で引いたもので、天と地の背景を表現します。
いよいよ摺り込みます。
ドウサ引きを終えた原紙は、輪郭の彫られた版木に馬毛の刷毛で薄墨または墨草色を塗り、バレンで版摺りをおこないます。版摺りを終えた和紙は100張(提灯1つを1張と数える)分を1束とし、摺られた輪郭の正確な位置に伊勢型紙を当て1手ごとに摺り込んでいきます。この際使用される刷毛は羊毛を使ったボタン刷毛が使われ、摺り込む面積によって刷毛の大きさを変えていきます。着色には顔料を使用し、見本と同じ色になるように調合した顔料をニカワでとき、水で濃淡を調節して使います。また、多くの数をこなすため、必ず綴じてある上から下へ、左から右への方向を基本として摺り込んでいき、1手が仕上がると同時に紙をめくり、また同じ1手を摺り込んでいきます。1手目が100張分を摺り終えると、もとに戻り2手目を摺り込み始めます。この一連の作業を型紙の枚数分繰り返していきます。
岐阜提灯はその他の絵画と異なり、灯を入れた状態で絵柄が美しく発色しなければならないため、濃淡や立体感を表現しながら摺り込むことが大変重要となります。繊細な濃淡を表現するには、顔料のつけ方や量の調節、熟練した刷毛さばきが必要となり、職人の腕の見せ所です。刷毛さばきにおいては、手首をきかせ刷毛の重さだけで摺り込むという、繊細な手技を必要とします。また同じ1つの花でも型を何枚かに分け摺り込む技法があり、手数を増やすことで色や重なりに変化が生まれ、花が立体的に描かれていきます。
例えば大輪の白菊を例に上げると、①花弁全体に薄い白の台摺り。②花の中心部分に若草色のぼかし。③重なり合う花弁の後ろ部分。④中ほどの花弁。⑤前面の花弁。このように1つの花を5手に分け摺り込むことで、立体的で生き生きとした大輪の白菊が表現されていきます。そのほか「摺込」の技法として、刷毛につけた顔料の量と刷毛さばきだけで、1度にグラデーションをかけて摺り込むぼかしと呼ばれる技法があります。また、刷毛に2色の顔料をのせ、1手で2色を同時にぼかしながら摺り込む技法などもあります。
こうして、熟練した摺込師による様々な技法を駆使することで奥行きのある繊細優美な絵紙が完成します。そして、その出来上がった絵紙は次の行程となる「張」を担う職人、張師のもとへと繋げられていきます。
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次回は岐阜提灯の技その②として、岐阜提灯そのものの行程に当たる「張」の技を紹介したいと思います。